これからお話しすることは、私の個人的な感想であり好みの話です。
「そんなの気にならないし、別にいいだろ。何が悪いってんだよ。」と怒りを少しでも感じているなら、ここで戻られるほうがお互いにとって幸せだと思います。
漫画・アニメのセクハラ表現に対する考え
昨今何かと話題になる創作物におけるセクハラ表現ですが、私自身は規制を望んでいるわけじゃあないです。
ストーリー上、またはキャラの言動として自然なら何ら気にならないし、ひとつの表現方法として捉えています。規定で許される範囲なら、少年誌でも問題ないという考えです。
倫理やモラルに反するからというより、ストーリー上唐突な感じがするし、キャラの人物像に違和感を持ってしまうから、私はセクハラ表現に萎えちゃうんですよね…。
セクハラ表現に萎える理由
どういうことよ?って感じだと思うんで、具体例を挙げます。
【1話】
A:おいB、C子に怪我させたこと謝れよ!
B:うるせーな。興味ねーんだよ。
A:それはないだろ!それでもスポーツマンかよ!
B:チッ…わかった、謝るっての。帰るわ。
A:おい!…ちゃんと謝るって信じるしかないな…。
E:しょうがねぇよ。そんなことよりさ、D美と今日話せたんだよ!あいつ気強いけどおっぱいでかいしアリだわー。
【2話】
D美:ねえ、男子対女子で試合しよ!
E:え〜なんかご褒美がないとォ。俺らが勝ったら裸見せてくれるならやる〜
C子:そんなのやだよ!絶対イヤッ!
D美:いいわよ、やってやるわよ
C子:ちょっとD美やめてよ!あんたたちもなんなのよ!
B:…(1人で練習し始める)
A:ま、まあ、たまには試合練習もしないとだしな…
C:そんな…
といった場面で、私は急速に萎えてしまうんです。
詳しく説明していきますね。
人物像が一致しない
具体例で出したなかで、私が萎える一番の要因はAです。
D美もEも個人的モラル基準から見ると好きではありませんが、今回の場面では気にならない。
ではなぜ萎えるか?
それは、Aの人物像が1話と2話で一致していないように見えるから。
1話の段階では、AはC子を庇い正義感がある様子です。それなのに、2話では嫌がるC子を前にしてもEのセクハラを止めず、むしろ乗っかろうとしています。
Eはセリフから元々セクハラ的思考があるとわかるし、Bは一貫して他人への興味が薄い。D美も「気が強い」と言及されていることから、言動の矛盾は感じません。
1話と2話の間に納得のいく裏付け(過去の描写や心の声の描写など)はないのに、Aの性格や思考が変わったように私には見えるのです。
ストーリーが進行するにつれ、キャラの思考が変化することはままあること。ですが、根幹となる人物像から変えるには、それなりの理由が必要だと思います。なんの説明もなく性格が変わったキャラを受け入れるって、違和感バリバリじゃあないですか?
セクハラ表現の場面においてこの「理由なき人物像変更」がよく起こるので、私は漫画・アニメの唐突なセクハラ表現は苦手です。
キャラの存在感への説得力が薄まる
私の好みとして、「創作物上の人物でも、本当に実在すると思えるほど存在感がある作品は特に大好き」という傾向があります。キャラだけど、確かに生きてきたんだ、存在しているんだと感じたいんです。
でも、キャラの思考と言動とがブレると、存在感への説得力が薄まる気がしちゃうんですよ。
「ああ、このひと…キャラ(ストーリー進行の駒)なのかなぁ…」って。私がひねくれすぎなのかもしれませんが。
畏怖を感じてた貞子のSNS投稿とか見つけたときと同じ気分。そんな姿見たくなかったぜ…的な。お前さんそんなことするやつじゃあなかっただろ…なんでだよ…的な。
セクハラしがちなキャラが言うとか、他人に興味ないキャラが止めないとかはアリ。要は人物像が一致しないのに違和感を感じるんだろうな私は。
— Jolyne (@Jolyne40536) 2019年12月11日
前話では女子を庇ってたのに、次話ではセクハラに加担してるってのも違和感の要因。昔の考えから成長どころか退行しとるやんけ!ってなった。
人物像が一致しないと、「実在する」と感じられなくなるんですよね。
熱いシーンやセリフがあっても、そのキャラが実在するという説得力が薄いと、心から楽しめなくなっちゃいます…。「このキャラ好きだけど、場面によって性格変わっちゃうんじゃあなぁ…」って考えが拭えないんです。
セクハラ表現の場面は、キャラの説得力を削ぐきっかけになることが多いように思います。
セクハラ表現は必要ないならカットしてほしい
いろいろ文句を言ってきましたが、「ストーリー上、またはキャラの言動として自然ならエロ表現はアリ」だと思ってるんですよ、本当に。
けどさぁ〜〜〜、だいたいこれで崩れちゃうんだよなぁ〜〜悲しいことによォ〜〜。
ストーリー上なくても影響ないならセクハラシーンはカットしてほしいわ。男女共にね。
創作は現実ではなくてもリアリティを感じるからおもしろいのでは、と個人的には思ってます。
私がリアリティをその作品から感じられなかっただけのこと、とも言えます。まだまだ理解の及ばないことがたくさんあるのを実感しました。
もうここらで、伝家の宝刀「嫌なら見るな」を発動するべきでしょうね。
ダラダラと失礼しました。ご覧いただき、ありがとうございます。
To Be Continued